経営者インタビュー - 新人研修で企業のコミュニケーション力を育み、人材価値経営の実現を支援する - リクルートコミュニケーションエンジニアリング

経営者インタビュー

売上高営業利益率 16.7%をたたき出す、総合オリコミ社の業績の秘密とは?価格競争が厳しいチラシ業界において、この好業績を生み出せる理由。

vol.1株式会社 総合オリコミ社

売上高営業利益率16.7%。現在の経済情勢下でこの数字を達成している企業は、全業種を見渡してもどれほどあるだろう。しかも、とりわけ価格競争の激しいチラシ分野で、となるとどれほど困難であることか、言うまでもない。その困難を実現している会社が、総合オリコミ社だ。なぜ同社は、こんな業績をあげることができているのか?そこにはどんな秘密があり、経営決断があったのだろう。

売上を落とす。拡大路線には向かわない。『お客様の喜び』を実現するために。

事業転換も、人員削減も行わずに、業績を好転。

従業員数97名。年商31億円。広島県の宮島に程近い場所で、チラシ広告企画・制作事業を営む総合オリコミ社は、一見すると「どこにでもある地方の中堅・中小企業」と変わらない。 だが、中身は大きく異なる。同社が軸足を置くチラシ業界は、全国規模で事業を展開する大手企業から地方の中堅・中小企業までが参入する分野だ。業態も印刷会社から広告代理店までと幅広い。当然、厳しい価格競争にさらされている。チラシ単体で見ると、全国大手であっても利益を確保できている企業は少ない。
そんな中、チラシを主体とする同社の売上高営業利益率16.7%。好業績を背景に、同社の社員平均年収は670万円に及ぶ。これは広島県でトップクラスの額だ。
総合オリコミ社は、最初からこのような好業績企業であったわけではない。1996年の営業利益率は3%強に過ぎない。平均年収は500万円に満たず、社員の定着率も悪かった。だが、1996年を起点に、多少の停滞期はあったものの一貫して右肩上がりの成長を続け、ついに営業利益率16.7%に達するまでになったのである。事業転換したわけでも、意図的な人員削減を行ったわけでもないのに。

上場間近。だが社長と幹部・社員の間には深いミゾが。

1996年、総合オリコミ社の年商は50億円に達そうとしていた。1983年から増収増益を続け、創業者・中島守社長(当時/現在は会長)の念願であった上場も間近だった。
これは、中島社長の決断と施策が功を奏した結果である。1990年代に入り、チラシ制作はアナログからデジタルへと変化していた。流れに先んじ、中島社長は億単位の投資を決断し、最新ハード設備を次々に導入した。おかげで、単純だが手間のかかる作業が大幅に軽減され、誰がやっても同品質のチラシを制作できる体制が整った。だが…。

>1996年頃、中島社長は苦悩の極にあったと聞きます。それをきっかけに、リクルートコミュニケーションエンジニアリングの大脇がCESをご提供することになるわけですが、何が社長をそれほど苦悩させていたのですか?

「ハード設備によって単純作業が削減されれば、社員らはクリエイティブな仕事に時間を割ける。もっと面白い仕事ができるようになる。そう考え、懸命に手を打ってきたつもりです。しかし幹部から聞こえてくるのは“社長は好き勝手に投資している”“社長の考えはわけがわからない”など、陰口ばかり。幹部に自分の気持が全く伝わっていない。なぜ理解してくれないのか?上場間近だというのに、なぜ社員は幸せそうでないのか?さっぱりわからなかったんです」

「お客様の喜びが、私たちの喜びだ」と再発見した瞬間。

社長と経営幹部の間に存在した、深いミゾ。社長と幹部の「視界の違い」からこのミゾが生まれていると判断した大脇は、幹部を対象に『経営者と企業を見るメガネ』プログラムを実施した。

>プログラムの実施で、何が変わったのでしょう?

「参加者が社長の立場で事業を考え、何をするのか決めるシミュレーションのような研修を、5人の幹部に実施してもらいました。私は後方でオブザーブしていたのですが、明らかに幹部らの顔つきが変わりました。私の言葉を理解するようになったんです。すごく楽になりましたね。そこでこの研修を、ミドル層にも展開していくことにしました」

>ミドル層を対象に研修を行なっている中で、社長自身が思わず声をあげたこともあったそうですね?

「参加者が仮想企業の社長となり、顧客の難しい要望にどう対処するかケンケンガクガクやっている時でした。“この時間内にお客様の要望に応えるのは無理だ”“でもお客様があんなに困っているんだ。何とかすべきだろう”彼らのそんな議論を聞き、本当に突然、気がついたんです。“私たちは、お客様に喜んでもらうためにこの事業をやってきたんだ!”と。そんな原点を、すっかり忘れてしまっていた。恥ずかしいことです。声をあげずにはいられませんでした」

50億円の売上を、30億円にまで落とす、と決断。

参加者を変え、研修を繰り返したことで、総合オリコミ社の空気が変化した。お客様の期待に応えたいと口にする社員が増え、それに応じて仕事のやり方も変わってきた。 そうした中、中島社長は1997年に重大な決断を下す。50億円近くまであった売上を年間5億円ずつ落とし、4年後に30億円にするとしたのだ。

>売上を落とす。容易にできる決断とは思えませんが、何がそうさせたのですか?

「あるお客様から言われたんです。“おたくの社員はみんなクタクタになっていますよ”と。私もかつてはサラリーマンとして働いていました。クタクタになるまでやると、何も考えられなくなる。会社もお客様もどうでもいいや、となる。総合オリコミ社をそういう会社にだけはしたくないと思っていたのに、いつの間にか自分も、社員をそんな状態に追い込む経営者になっていた。上場を目指し拡大路線で突っ走っても、社員はちっとも幸せそうでない会社と、身の丈に合った経営ながら、社員がイキイキとしている会社…私は後者を選択したんです」

vol.1株式会社 総合オリコミ社
創業者 中島 守氏

プロフィール

なかじま まもる。1940年生まれ。1964年に法政大学を卒業後、11年のサラリーマン生活を経て、1975年に総合オリコミ社を創業。1978年、同社の代表取締役社長に就任。2005年、同社会長に就任。座右の銘は「公正無私」。

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